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なごやんの鉄道日記(50)

世の中、ワールドカップで沸き返っているようですが、そして今晩はパラグアイ vs 日本の試合もありますが、鉄道日記は何事もないかのように最終回を迎えました。
第50回は  です。
私はごく希にしか利用する機会がありません。
 
【東北新幹線】
東北地方や日本海側へも新幹線を敷こうという計画は1960年代からありましたが、その機運が盛り上がったのは1970年代に入ってからです。「ひかりは北へ」・・・ひかりは新幹線の代名詞でした。
東海道・山陽新幹線が博多まで延びた1975年から遅れること7年、北国の希望を乗せて大宮-盛岡間が暫定開業されました。その後、上野-盛岡、東京-盛岡と延長され、現在は東京-八戸を結んでいます。今年中に青森(新青森)まで延長される予定です。そして走る車両はE5系「はやぶさ」。って、昔の名前のパクリやん。JR東日本はなぁ。
  東北新幹線開通記念切手シート(200系新幹線、1290型式SL)
 
私の最近の記録によると
2月5日
名古屋(1840)--[東海道新幹線(のぞみ252)]--(2023)東京(2036)--[東北新幹線(MAXやまびこ131)]--(2127)宇都宮 泊
2月6日
宇都宮(1921)--[東北新幹線(なすの280)]--(2016)東京(2030)--[東海道新幹線(のぞみ135)]--(2213)名古屋
 
帰りは雪の影響でダイヤが乱れていましたから、東北新幹線は遅れてきたやまびこだったかもしれません。まあ、どちらでもいいですけど。
  MAXやまびこ(E4系)
  自由席でも雑誌が置いてあっていい。
  宇都宮の金券ショップで買った回数券。同僚が指定席だというものだから・・・
 
【上越新幹線(ガーラ湯沢線)】
とにかくJR東日本はなんでもかんでも愛称をつけたいらしく、新幹線までガーラ湯沢線なんて呼んでいます。
 
 上越新幹線開通記念切手(ED16型式機関車、200系新幹線)
 
大宮新潟を結ぶ新幹線で、1982年に開業しました。大宮-上野、上野-東京と延長された後は運行上、東京新潟を結んでいます。上越新幹線にはこれまで2回しか乗ったことがありません。一度は10年近く前、佐渡で用事があり、
名古屋--[東海道新幹線]--東京-[上越新幹線]--越後湯沢--<ほくほく線>--直江津~~~船~~~小木
の往復でした。
2回目は2007年10月27日、浜松からスワンへ応援に行った「矢野貴章君を応援する会」の一員としてで、浜松からバスというのは名古屋在住の私としては厳しかったので、新幹線にしたのです。
10月27日
名古屋(0718)--[東海道新幹線]--(0900)東京(0912)--[上越新幹線(MAXとき313)]--(1049)新潟—<シャトルバス>—東北電力ビッグスワンスタジアム(応援)
—<シャトルバス>—新潟(1813)--[上越新幹線(MAXとき344)]--(2012)東京(?)--[東海道新幹線]--(?)名古屋
東京-名古屋の新幹線の時刻はよくわかりません。記録もありません。残念。
時折小雨がバラつく曇り空だったので、レンタサイクルは利用しませんでした。本当は蔓代橋を渡って古町をブラブラしてきたかったのですが。
 
  MAXとき313(右 E4系)と東北新幹線はやて(左 E2系)の並立。なかなか見応えがあります。
 
今年9月のガンバ大阪戦に行こうかどうしようか迷っているところです。明らかに私の遠征基準(陸路、日帰り、片道3時間以内)から外れます。
 
【北陸(長野)新幹線】
東京長野上越富山金沢福井とつなぎ、さらには大阪に至る遠大な計画路線です。現在は東京から長野まで開通していて、上越新幹線上の高崎-長野長野新幹線と呼ばれています。上越新幹線同様、運行上の首都圏駅は東京です。私はまだ利用したことがありません。というか、利用する機会はこれからもなさそうです。
 
【秋田新幹線】
1997年に開業しました。東北新幹線盛岡駅から田沢湖線を経て大曲駅へ、さらにそこから奥羽本線経由で秋田に至る、在来線を使った新幹線で、厳密な意味での新幹線ではなく、ミニ新幹線とも呼ばれます。実際の運行上は東京からになっていますが、東京-盛岡間は東北新幹線「はやて」に併結されます。この車両の愛称はこまちです。

  こまち(E3系)
 
【山形新幹線】
秋田新幹線同様、在来線を使ったミニ新幹線で、1992年、東京から山形まで開業されました。東京から福島までは東北新幹線「やまびこ」に併結されます。福島からは奥羽本線を走り、現在では新庄まで行きます。上記の宇都宮へ行ったとき、つばさに乗ろうとしたら、全席指定で断念しました。

 
  MAXやまびこに併結されたつばさ(400系)
 
私は東京出張等の帰りに東京駅でいくぶんか時間があると駅隣接のビルへ行きます。4階のコーヒー店で一服することも稀にはありますが、通常オフィスフロアへ行き、大きなガラス窓から外を覗きます。山手線等の在来線の脇を東京駅を発った、あるいは東京駅に着く新幹線を見ることができます。「新潟から来たMAXときだ」とか「八戸へ向かうはやてだなぁ」などと思いつつです。
  東京駅横のビル6階から撮ったE2系、200系新幹線
 
新幹線の発達は確かに大・中都市間の交通を便利にしました。私自身もその恩恵を受けています。しかし、その一方、いくつかの在来線は、いわば「切り捨て」の運命に会いました。
 

上越新幹線は在来の高崎線、上越線を残したまま運行されていますが、東北新幹線の開通により東北本線の一部が、九州新幹線の開通により鹿児島本線の一部がJRグループから切り離されました。長野新幹線の開通により、信越本線の横川-軽井沢間では鉄道自体がなくなりました。九州新幹線の長崎ルートが開通すれば現在の長崎本線は同様の憂き目に会うことと思います。

 
今後の新幹線の建設は計画通りでよいのかどうか、経済性、利便性、地域の生活等々、様々な視点から今一度考え直してもよいのではないかと私は思います。
 
目の前のハードルを乗り越える新幹線。未来を見つめじっくり進む在来線というところでしょうか?
 
さて、昨年6月にスタートした「なごやんの鉄道日記」はこれでおしまいです。
このシリーズは「鉄道の旅ってこんなに面白いよ」ということをお伝えしたくて始めました。最初のうちは多少ルンルン気分だったのですが、途中から、使ったことはもちろん、見たことすらないような路線が次々出てきて、ほとんどスルーしてしまったものもあります。
 
でも、やはり鉄道旅行は楽しいです。
鉄道での旅は多くのことを教えてくれますし、私は教えてもらいました。
 
もし、興味を持たれ、他の記事も読んでみようかなと思われた方は、左のカテゴリから「鉄道日記」を選びクリックしてください。バックナンバーがご覧いただけます。
 
鉄道での出会い、鉄道での別れ、旅先でのハプニング、などなど書ききれなかったこともたくさんあります。「ふうてんの寅さん」になった気分だったこともあります。
そんなこんなを含め、機会があればいずれ外国版も書いてみようかなと思っています。

なごやんの鉄道日記(49)

ワールドカップのグループ予選は第2試合まで終り、今日から最終戦です。グループAの試合は日本時間23時キックオフです。
南アフリカには、ドサクサ紛れに欧州予選をくぐり抜けてきた、従って本戦出場には相応しくないフランスを大量得点で退け、上位2チームの結果によっては予選突破を果たしてほしいと思いますし、その方が大会自体も盛り上がると思います。
6月23日追記:南アフリカ、残念でした。でもフランスに鉄槌を下したのは見事でした。)
さて、在来線は前回で終了し、今回と次回、最終回は新幹線です。今回はその1、 です。
まあ、新幹線はファンも多いことですし、新幹線の話はともかく、ちょこっと昔話です。
 
【東海道新幹線】
 
♪弥彦の山から輝きくだる 燃え立つ聖火に気もはずむ・・・
  国体の記念切手と記念消印
 
1964年6月6日から11日まで。新潟では第19回国民体育大会春期大会が開催されました。しかし、その国体が終わってわずか5日後の6月16日、新潟は地震に見舞われました。
昭和大橋は敢えなくく崩落し、八千代橋が破壊される中、萬代橋がなんとか踏ん張りました。8月に予定されていた夏期国体はこの年中止されました。
————————–
本当はここに「新潟地震の記録」
(新潟日報社1964年発行)の
写真が入る予定でしたが、現在
現物が行方不明です。発見し次第
写真を挿入します。
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この年、新潟県にとっては記録にも記憶にも残る年となりました。
 
♪この日のために磨いたわざと この日のためにきたえた体・・・
 
一方、日本国内は高度経済成長のまっただ中。そして10月10日、アジアで初めて東京でオリンピックが開かれました。日本に届けられた聖火は札幌と当時まだ米国領だった沖縄に分割され、さらにそれぞれが2分割されて4つのコースで日本の全都道府県を通り東京代々木のオリンピックスタジアムに届けられたのです。
 
 
オリンピック記念切手シート
 
 聖火リレーのコースが描かれたポスターの一部           聖火を運んだトーチ
 
この時代、トーチは今のようなデザイン豊かなものではなく、全くシンプルなものでした。山形県から新潟県に入った聖火が新発田市から国道7号線(現、県道3号線)を経て新潟市を通ったのは10月1日のことでした。そして、同じ日に開業したのが東海道新幹線でした。もちろん、オリンピックのために敷かれた路線です。
 
  
日本人の夢を乗せ、東京-新大阪をわずか4時間で駆け抜けた0系新幹線
 
私が新幹線を頻繁に使うようになったのは社会へ出てからのことです。
 
   
それでもやっぱり自由席
名古屋までひかりで来て名古屋-岐阜羽島をこだまに乗り換えるには、名古屋までの特急券と名古屋-岐阜羽島の特急券が必要でした。
 
新幹線車両の修理、整備は東海旅客鉄道(JR東海)浜松工場で行われます。ここで毎年夏に開催されるのは新幹線なるほど発見デーで、子供たちに大人気です。(もちろん、大人にも面白いのですが。)今年は7月24、25日です。24日は東京出張だなぁ、多分。
  
浜松工場 
 
【山陽新幹線】
 
ひかりは西へ
 
東海道新幹線開通から8年後の1972年3月、新幹線は新大阪から岡山まで伸び、山陽新幹線が開業しました。1972年は鉄道100年という記念すべき年でもありました。
 
  
 
 
1972年3月の時刻表の付録です。本体は昨年3月、引っ越しに伴い廃棄しました。
 
この時代の新幹線ひかりは東京-名古屋ノンストップで、その他、京都、新大阪には全車両停車しました。新大阪から先は岡山までノンストップ、新神戸、姫路停車、各駅停車と3種類ありました。
 
ひかりライン
 
そして新幹線はさらに西に延び、1975年3月にはついに九州へ上陸しました。
 
  
博多まで延長した当時の京都駅発着新幹線ミニ時刻表
 
♪瞳の炎は勝利のしるし 朝焼け空にほほえみますか・・・ビジネスマン、ビジネスマン、ジャパニーズビジネスマン
 
まさに私のために作られたようなコマーシャル・ソングでした。
若きなごやんはいつもポケットに名古屋-東京名古屋-新大阪の新幹線回数券を忍ばせていたものです。もちろん、北京、モスクワ、パリ、ニューヨーク、カイロ、ロンドン、イスタンブールをを飛び回ったわけではないのですが。24時間、戦っていました。
昼前に職場を出て新幹線で東京へ。昼食は車内。夕方に帰って仕事の続き。そのまま仮眠で気付けば朝焼け空。なんてことは日常茶飯事でした。行け行けドンドンの私にとって当時の新幹線車内は睡眠時間を補うに十分でした。正直、新幹線の便利さを有り難く感じました。
そしてまた、多くの「企業戦士」のアタッシュケースには希望がいっぱい詰まっていました。
 
今の私からはとても想像できない姿(か?)でした。
 
今は 黄色と黒  は勝利のしるしとばかり、いつものバッグに希望を乗せてスタジアムへ行きます。 (^ ^)
 
  
あんな時代こんな時代の新幹線回数券
手書きやスタンプの部分があるのは人間味があっていいですね。
 
最近在来線に回帰した私ですが、やはり何かの時に新幹線は欠かせません。特にN700系は全車両禁煙であることや乗り心地がよいことから「愛用」(笑)しています。
 
 
今を走る東海道・山陽新幹線の車両(0系、500系は引退 左上は100系レールスター@広島駅)
 
そして新幹線グッズ
  
ハマのイケメンさんの「勝ちます企画」でゲットした 景品 賞品です。
評論家の予想よりよく当たるなごやんの予言ってことで、何回か正解を出しています。全て未開封未使用です。
 
【九州新幹線】
博多駅から鹿児島中央駅、博多駅から長崎駅へ延びる予定の新幹線で、現在は新八代駅-鹿児島中央駅間が開業しています。この鹿児島ルートはいずれ全線開通となるのでしょうが、長崎ルートに関してはその存在意義そのものに疑問が持たれていることもあり、今後どうなるか未定です。
私は数年前、鹿児島出張の際、
名古屋--[東海道・山陽新幹線]--博多--[鹿児島本線(リレーつばめ)]--新八代--[九州新幹線(つばめ)]--鹿児島中央
という経路を使いました。残念ながら記録も切符も残っていません。私としたことが・・・
 
【博多南線】
高速で走るわけではありませんし、厳密な意味での新幹線ではありませんが、山陽新幹線博多駅から連続していますし、車両も新幹線のものをそのまま使っていますので、新幹線的に扱われます。九州新幹線が全線開通すると、この線の一部が使われることになるため、その部分の所属を巡ってJR西日本とJR九州との間での調整が必要でしょう。
 
次は最終回。東日本、北日本の新幹線です。

なごやんの鉄道日記(48)

このシリーズ第48回はとうとう在来線最後になりました。北陸地方の  です。
 
 
小浜線、舞鶴線、七尾線、氷見線、城端線、越美北線七尾線旧線、能登線、三国線、新湊線
 
【小浜線】
北陸の福井と関西の京都を結んでいるのですが、京都の駅は北陸の延長戦上にある東舞鶴です。福井の駅は敦賀です。途中の小浜市は米国、オバマ大統領の登場で一躍有名になりました。
この辺の海岸は若狭湾で、国定公園に指定されています。
  若狭湾国定公園
 
【舞鶴線】
小浜線の京都側駅である東舞鶴からさらに京都府内へ切り込み、綾部までつながっているのが舞鶴線です。舞鶴はかつて軍港であり、また第二次世界大戦における日本の敗戦後、サハリンから引き揚げてきた人たちの着いた港が舞鶴でした。
 
【七尾線】【七尾線旧線】
全線が石川県内にあり、現在は北陸本線上の津幡駅(津幡町)から能登半島の和倉温泉駅(七尾市)までですが、かつては輪島まで延びていました。途中の穴水と和倉温泉の間はのと鉄道によって継承されています。
  和倉(現、和倉温泉)から輪島までの乗車券
  七尾市には金沢を本社とする北陸放送の七尾放送局があります。
 
【氷見線】【城端線】
氷見線は小さな富山県のその中をチョコンと走るわずか16.5kmの路線で、高岡駅と氷見駅とを結んでいます。高岡駅から内陸に延び、城端駅(南砺波市)まで行っているのが城端線で、29.9kmあります。もちろん、私はどちらの線も経験がありません。
 
【越美北線】
このシリーズ第22回でも触れたように、越前花堂駅(福井市)から出て、本当は越美南線と一緒に越前と美濃をつなぐ予定でした。 しかし、東端は九頭竜湖駅(大野市)で、福井県内に留まってしまいました。ただ、南線が第三セクターの長良川鉄道に引き継がれたのに対し、この北線はJR西日本に留まっています。
 
【能登線】
旧七尾線上にあった(現在はのと鉄道終点の)穴水駅から能登半島の富山湾岸を走り蛸島駅(珠洲市)まで行っていました。
1988年にのと鉄道に継承されましたが、その後紆余曲折を経て2005年、全線廃線になりました。
七尾線、旧七尾線、能登線の走っている、あるいは走っていた能登半島一帯は国定公園に指定され、海岸、温泉、新鮮な魚類と観光地としての色彩を強くしています。
  能登半島国定公園
 
【三国線】
福井県内の路線で、金津駅(現、あわら市芦原温泉駅)と三国港駅(坂井市)を結んでいまいしたが、徐々に縮小され、現在は一部がえちぜん鉄道により運行されています。
 
【新湊線】
富山県内の路線で、氷見線にある能町駅と新湊駅を結んでいましたが、1951年に旅客鉄道は廃止されました。
 
これで在来線は終了です。残り2回は新幹線です。

なごやんの鉄道日記(47)

なごやんの鉄道日記も落ち穂拾い的になってきて、今回は  です。山陽、山陰の残り物を一挙にかき集めた感じすらします。
私は伯備線だけは経験がありますが、他は使う機会がありませんし、ありませんでした。
 
 伯備線赤穂線吉備線津山線宇野線因美線北条線、若桜線、三木線、鍛冶屋線、高砂線
 
【伯備線】
私の旅日記をひもといたら、こんな記録がありました。
5月30日
名古屋(1615)--[新幹線ひかり143号]--(1833)岡山(1911)--[特急やくも6号]--(2151)米子 泊
6月1日
米子(0730)--[特急やくも1号]--(1010)岡山---以下略
 
その時の切符です。仕事で米子へ行ったのですが、伯備線は倉敷駅(岡山県)と伯耆大山駅(鳥取県)の間を言います。
   新幹線在来線特急の乗り換えで後者は半額
 
【赤穂線】
兵庫県と岡山県にまたがる路線で、相生駅(兵庫県)と東岡山駅(岡山県)の間を走っていますが、通常この区間だけの運行はありません。北陸本線、東海道本線、山陽本線経由で相生へ来た列車が相生から赤穂線経由で播州赤穂まで行き、そこから岡山方面へつながっています。
 
【吉備線】【津山線】【宇野線】
いずれも岡山県内の線で岡山駅を起点にしています。吉備線は総社駅まで、津山線は津山駅まで、宇野線は宇野駅(玉野市)までです。
 
【因美線】【若桜線】
因幡(鳥取県)の鳥取駅と美作(岡山県)の津山駅を結んでいるように見えますし、実際の運行もその通りなのですが、厳密には因美線は東津山駅までで、東津山から隣りの津山までは姫新線です。
途中の群家駅(八頭町)から若桜駅(若桜町)までの若桜線は旧国鉄の地方路線でしたが、1987年4月に国鉄が分割民営化されると、この路線は半年後の10月に第三セクターの若桜鉄道に継承されました。
 
鳥取には山陰放送という放送局がありますが、本社が鳥取市でなく米子市にあるというのも面白いことです。鳥取県だけでなく、島根県も含んだ山陰地方をカバーするためなのでしょう。
 
 
【北条線】【三木線】【鍛冶屋線】【高砂線】
いずれも兵庫県を走った旧国鉄の路線で、北条線は栗生駅(小野市)-北条町駅(加西市)間、三木線は厄神駅(加古川市)-三木駅(三木市)間、鍛冶屋線は野村駅(西脇市)-鍛冶屋駅(中町)間、高砂線は加古川駅(加古川市)-高砂駅(高砂市)にありました。現在では北条線だけが民営化の上残存していますが、他は廃線の憂き目に会いました。
 
次回はいよいよ在来線最終回、北陸の地方路線です。

なごやんの鉄道日記(46)

このシリーズもあと5回。今回は  です。
 
 
 
【奥羽本線】上図
福島から山形、秋田を経由し青森に至る長い路線です。
東北本線が東北新幹線開業に伴い盛岡と仙台の間で分断されたのに対し、本当の意味での新幹線が敷かれなかったこの路線では、そのまま存続しました。というより、福島-新庄間では広軌の線路に代えられ、いわゆる山形新幹線(ニセ新幹線)に対応されました。
秋田-東能代の短い区間を除き、大部分は東北地方の内陸部を走っています。
 
私は北は青森から南は鹿児島までの移動には陸路を使いますので青森へも列車の旅をしますが、どうしも東北新幹線を使ってしまいますので、奥羽本線を使うのは目的地近辺でしか経験しません。
 
何年か前に青森へ出張した時、時間を見つけて弘前へ行ってきました。その時はもちろん奥羽本線の列車に乗ってです。旅程の記録が残っていないのですが、11月12日のことで、弘前公園にはまだ紅葉が見られましたが、青森にはもう冬がやってきたような寒さでした。帰りの奥羽本線から「見た」窓の外はシーンと静まりかえっていました。
  
①青森、11月12日12時11分の気温は0℃ ②弘前公園ではまだ紅葉 ③弘前青森の車窓から(11月の雪)
  奥羽本線上にある文化の中心都市はやはり弘前です。^ ^
 
ローカル線としての奥羽本線は上記以外にもよく利用しました。
   
 
【陸羽東線】上図 【陸羽西線】上図
新庄駅(山形県)を挟み小牛田駅(宮城県)までが陸羽東線、余目駅(山形県)までが陸羽西線です。
私はいずれの路線も経験していません。陸羽西線の歴史は羽越本線の歴史とともに山形県の鉄道史として大変興味深いのですが、その辺は本格的テッチャンにお任せしましょう。
 
【左沢線】上図
この線の名前を正しく言える人は多くないと思います。「あてらざわせん」です。
山形県内の路線で、北山形駅(山形市)から左沢駅(大江町)へ延びています。実際には山形駅と左沢駅との間で運行されています。
 
山形県は新潟県の隣県ですが、私は新潟在住時、通り過ぎたことはあるものの、ほとんど訪れたことはありません。やはり鼠ヶ関はなかなか越えられないところでした。
 
というところで、次回は中国地方へ飛びます。

なごやんの鉄道日記(45)

このシリーズもそろそろ終盤です。第45回は  です。
首都圏のJR路線はいろいろ愛称が付いていてわかりにくいのですが、私たちの多くはあまり意識せずに利用していると思います。
私自身も首都圏の車両はどれも同じようだし、アコモデーションは全くよくないし、殆ど関心がありません。
ということを言い訳に、今回は相当手抜きをします。
 
  埼京線八高線武蔵野線
 
【埼京線】
山手線上の大崎から池袋までは山手線と同じコースを取り、池袋から赤羽を通って大宮に行く線です。そのうち、池袋から赤羽までの短い路線で途中板橋十条の2駅だけがある路線を赤羽線といいます。当初の予定では、この項は赤羽線でした。しかし、赤羽線は今や死語に近いのでしょう。時刻表には乗っていますが、実際のダイヤ運行上は全く使われていません。
 
【八高線】
八王子駅(東京都八王子市)から出て北上し、埼玉県を突ききり倉賀野駅(群馬県高崎市)に至ります。実際の運行では倉賀野駅のひとつ北にある高崎駅まで行きます。
 
【川越線】
埼玉県内の路線で、大宮駅(さいたま市)と高麗川駅(日高市)を結んでいます。途中、川越を通ります。
 
【武蔵野線】
鶴見駅(神奈川県横浜市)と西船橋駅(千葉県船橋市)を結ぶ、単純といえば単純、複雑に語ろうと思えば複雑な路線です。東京湾をグルーッと遠回りに回っています。ただし、鶴見から府中本町までは貨物路線になっています。
  武蔵野線は西船橋から市川塩浜へ入り、次の京葉線とつながることがあります。
 
【京葉線】
デズニーランドやフクアリへ行く路線です。東京駅のとんでもない場所を出発し、地上に出ると海を望みながら走り、蘇我駅まで行きます。フクアリができてから昨年までは毎年ここを通って蘇我へ行っていましたが、今年は使う機会がなさそうです。(天皇杯等の会場がフクアリになる場合を除く。)
 
それにしても、面白くもなんともない首都圏の路線をよくぞ日記になんぞしたものだ。感心するやらあきれるやら。

なごやんの鉄道日記(44)(+トゥーロン国際)

フランスで行われている国際フェスティバル「希望」(いわゆるトゥーロン国際大会)に参加しているU-21日本代表は18日(日本時間19日未明)にこの大会の初戦を行い、コートジボワールに0-3と大敗しました。そのうち1点は大野和成(フル出場)のファールによるPKです。木暮郁哉も先発しましたが、後半13分に交代で下がっています。
 
さて、いつもの鉄道日記、第44回は近畿地方西部と中国地方頭部にまたがる  です。
 
福知山線、加古川線、播但線、姫新線、宮津線、有馬線、篠山線
 
この中で私が多少なりとも触れたことのあるのは福知山線の新大阪-大阪間ぐらいです。たまたま東海道本線ではなく、福知山線に乗ったとう程度で。
ですから、殆ど書く内容を持ち合わせていません。
 
【福知山線】
JR西日本の脱線事故で一躍有名になりました。尼崎駅(兵庫県)と福知山駅(京都府)を結んでいます。
実際の運行は新大阪方面から大阪-尼崎-宝塚-新三田とつなぎ、JR宝塚線とも呼ばれています。
  
「JR宝塚線」の愛称を持つ福知山線
 
【加古川線】
兵庫県内の路線で、加古川駅から北東に延び、福知山線の駅でもある谷川駅とつなぎます。
 
【播但線】
兵庫県の一部はその大部分が京都府にある丹波地方と南部の播磨地方、北部の但馬地方に分かれます。播磨にある姫路と但馬の朝来を結ぶ戦が播但線です。姫路は山陽本線の駅でもあり、朝来は山陰本線の駅でもあります。まさに兵庫県の山陽地方と山陰地方を結ぶ線です。
 
【姫新線】
姫路駅から西北西へ延び、津山を通り岡山県新見駅までの線です。新見はまた伯備線上にも位置するのですが、伯備線はこのシリーズ第47回に出てきます。
 
【宮津線】
西舞鶴駅(京都府)と豊岡駅(兵庫県)を結び、1990年までは国鉄の線でした。しかし、1990年4月1日、第三セクターの北近畿タンゴ鉄道に移管されました。
途中、宮津を通りますが、宮津にある天橋立は日本三景のひとつです。
   天橋立の切手とその近傍にある駐車場の領収書
 
【有馬線】
福知山線にある三田駅から南下し、有馬駅(神戸市)に至る路線で、戦前は国鉄が所有していました。しかし1943年、休止の名のもとに廃止されました。
現在存在する有馬線は神戸電鉄の路線で、神戸市内を走っています。
 
【篠山線】
現在の篠山市内にある篠山口駅と福住駅を結ぶ短い路線で、1944年に国鉄路線として開業されましたが、1972年に廃止されています。
第二次世界大戦中に山陽本線のバイパス的に福住から山陰本線の園部駅(京都府)まで延ばす予定でしたが、1945年の敗戦とともにその必要がなくなり、福住止まりのままになりました。
 
次回は赤羽線等首都圏の路線で、面白くもなんともありませんので、パスするかもしれません。

なごやんの鉄道日記(43)

貴章がワールドカップ日本代表に選ばれても極めて冷静に、粛々とシリーズを継続するなごやんです。(^ ^)
 
その鉄道日記第43回は  です。
私は鳴門へ行ったことはあるのですが、何故かその時の記録も切符も残っていません。
こうなると日本昔話もできませんし、私の武器、ラ・ジ・オ を使うしかありません。
まずはその前にこれ:
  昔の地図帳に路線を書きました。
 
【土讃線】
香川県の宇多津駅から徳島県佃駅を経由して高知県に入り、高知を抜け窪川を終点とする長い路線です。
 
【徳島線】
徳島県内の鉄道路線です。佃駅(三好市)から佐古駅(徳島市)までを言います。
 
【高徳線】
その名もズバリ、高松駅と徳島駅を結んでいます。
 
【鳴門線】
高徳線上にある池谷駅と鳴門駅を結ぶ鳴門市内の路線です。
 
【牟岐線】
徳島県内の徳島駅と海部駅(海陽町)を結んでいます。
 
これらの路線の走る県には、それぞれ地域を代表する放送局があります。
 
香川県は西日本放送です。おとぎ話の受信証です。
  桃太郎の元祖は岡山?香川?
 
徳島県は四国放送です。
  民芸品が図案です。
 
高知県はそのもの高知放送。セクシー図案です。
  人魚が現れこんにちは。
 
NHKの国内放送は受信証を発行していませんが、受信報告に対してはお礼の葉書が送られてきました。原則的に下図の左側にあるもので全国統一されていますが、高知放送局は独自の葉書を使っていました。
  左は全国共通、右は高知放送局独自。
 
今回の鉄道路線には出てきませんでしたが、この際、四国の放送局をもうひとつ。
松山にある南海放送です。
  南海放送の周波数は新潟放送の周波数と同一、しかも同一出力であるため、サッカー中継を新潟放送で聴こうとするとハッキリ言って邪魔になります。最近では新潟放送より南海放送が優勢です。
 
ついでに、牟岐線は室戸阿南海岸国定公園に通ずる路線です。
 
 
次回は近畿西部、中国東部の路線です。私はほとんど~全く経験がないので話題探しに四苦八苦しそうです。

なごやんの鉄道日記(42)

第12回は  です。近畿地方の残り物を一挙掲載という感じです。
一部は南近畿周遊券の地図に載っていますが、今と多少ずれている線もあります。
  阪和線、和歌山線、桜井線、関西空港線
 
【阪和線】
文字通り大阪と和歌山を結んでいます。大阪の駅は天王寺駅で、和歌山は和歌山駅です。
  天王寺駅で発車を待つJR阪和線の電車
 
和歌山には和歌山城があります。
  和歌山城入場券
 
地味ではありますが、和歌山放送も存在しています。
  和歌山放送(ラジオ)の受信証
 
阪和線は平行して走る南海電鉄にその地位を奪われがちですが、私は敢えて国鉄(当時)を使いました。
  阪和線を経由していることがわかります。
 
でも、時には南海電鉄経由で「離島」へぶらっといったこともあります。
  乗船券です。
 
【和歌山線】【桜井線】
和歌山線は阪和線終点の和歌山駅と奈良県の王子駅を結んでいます。桜井線は和歌山線途中の高田駅と奈良駅を結んでいます。
上記南近畿周遊券はとても使い勝手がよく、特にブラブラ散策が好きな私に向いていました。特に桜井線沿線には史跡がたくさんあります。
これは岡寺龍蓋寺へ行った時のものです。
  
 龍蓋寺のパンフレット         葡萄唐草文 宇瓦(ぶどうからくさもん のきかわら)
 
飛鳥寺へも行きました。この辺、桜井線畝傍駅で降り、とにかく歩き回りました。アルバムにはしっかり写真が残っているのですが、日記と旅程表を残すのをサボりました。
  あすか大仏
 
【湖西線】
京都の山科駅と滋賀県長浜市の近江塩津駅を結ぶ線で、1970年代に特急等を含む列車が近畿と北陸をの間に走るようになりました。それまで、近畿地方と北陸地方の鉄道は米原から北陸本線を通っていたので、湖西線のフル稼働により近畿地方から北陸地方への時間が大幅に短縮されました。
  湖西線経由で北陸へ行く特急サンダーバード
 
琵琶湖近傍の行楽地の多くは湖西線沿いにあります。
  
 比叡プールなんていつ行ったのか、あまり印象がありません。 びわこバレイは冬、スキー場になります。
 
【関西空港線】
阪和線日根野駅から関西空港までの短い線ですが、空港へ行くための特急はるかは京阪神はもちろん、米原からも出ています。もちろん私はまだ乗ったことがありませんし、多分乗る機会は希であろうと思います。
  関空特急はるか
 
ということで、次は四国の残り線です。

なごやんの鉄道日記(41)

このシリーズも残すところ今回を含め10回になりました。41回、 は東北の雄、仙台が中心です。そしてもう一方は山形です。
 
かつては、どちらにもミニ周遊券がありました。
  仙石線、仙山線、石巻線、丸森線
 
【仙石線】
名前の通りです。仙台石巻を結んでいます。ただし、仙台の駅は仙台駅ではありません。あおば通駅です。仙台駅は経由するだけです。
 
【石巻線】
東北本線上にある小牛田から仙石線末端の石巻、さらにそこから女川へ延びています。
 
【大船渡線】
東北本線、東北新幹線の駅である一ノ関駅から気仙沼経由で三陸海岸沿いを走りにつながります。
 
【気仙沼線】
石巻線上にある前谷地から大船渡線上の気仙沼へつながります。
 
以上の線を私は利用したことがありません。
 
【仙山線】
今回の路線の中で唯一私が通ったことのある線です。
仙台と山形を結んでいるのですが、山形の駅は山形駅ではなく、奥羽本線上にある羽前千歳駅です。
仙台には東北放送が、山形には山形放送があります。
   宮城のこけし、山形の蔵王
 
私は仙台経由で山形へ行き、米沢へちょこっと寄り、名古屋に帰ったことがあります。目的ははっきりしているのですが、その時の記録が残っていません。ただ、途中立ち寄った山寺の拝観券が健在です。
    そして一路名古屋へ
 山寺の和尚さんは・・   米沢の一刀彫は今なお玄関で毎日送り迎えをしてくれます。
 
【丸森線】
東北本線の槻木から丸森を経て福島へつながります。現在は阿武隈急行線となっています。
 
次は・・・関西ですね。