なごやんの鉄道日記(15)

鉄道日記第15回は、北東北ローカル線のオンパレードです。
 
【五能線】
青森県田舎館村の川部駅から五所川原を通り秋田県東能代駅を結ぶ路線が五能線です。
川部から行くと、津軽富士と称されるる岩木山を眺めながらりんご畑の中を通り、日本海の荒波を横目に海岸沿いいっぱいに走ります。
途中には津軽ヒバの集散地として知られる五所川原、かつては漁港として賑わった鰺ヶ沢、夕日に映える深浦を通りさらに日本海を南下し秋田県に入ります。
私はこの路線を何度か使ったことはあるのですが、殆ど記録が残っていません。
唯一あるのが深浦で友人たちとキャンプを行ったことです。
岩浜の深浦では潜って、ウニがよく採れました。大雨に会い、テントが流されそうになったのも今となってはよい思い出です。
そんなわけで、チョット昔の切符を並べておきます。
  五能線の多くは弘前から直接入ります。陸奥森田だったか中田だったかまで行った時のものです。
 
  五能線の中心都市は五所川原。ここからは津軽半島に向かって「津軽鉄道」が出ています。冬の車内ストーブは名物です。津軽鉄道の途中駅には太宰治ゆかりの金木町があります。五能線の始点、川部から黒石までは黒石線が走っていました(下の地図参照)。川部は奥羽本線、五能線、黒石線が出会う重要な駅でした。
 
  新潟と同じく、日本海に沈む夕日の美しい深浦。以前は五能線のいくつかの列車がこの駅で20分内外停車し、冬のダイヤの乱れに備え予防線をはっていました。深浦の左に書いてある駅は「かそせ」と読みます。
 
【花輪線】
好摩(岩手県)と大館(秋田県)を結ぶ内陸鉄道路線です。
八幡平を通るこの路線は観光路線として格好で、私は青森から新潟へ行く際、普通に奥羽本線-羽越本線を通るのではなく、東北本線-花輪線-奥羽本線-羽越本線とつないだことがあります。ただ、その時の切符が残っていません。私としたことが・・・
花輪線の途中にある南十和田駅はかつて毛馬内と呼ばれました。そこからは十和田湖へ向かってバスが出ています。十和田湖で着く場所は休屋というところで、青森県にあるのですが、そこには有名な高村光太郎の「乙女像」が建っています。
  青森駅の入場券に描かれてる乙女像
 (あま)(くだ)りしか 水沫(みなわ)(こ)りしか
 あわれいみじき 湖畔の乙女
 二人向かいて 何をか語る
      本間千代子が歌ってたなぁ。
 
【大湊線】
野辺地駅から陸奥湾に沿って下北半島を北上し、大湊まで行っている鉄道路線で、はまなすベイラインなどとも呼ばれています。
東北新幹線が八戸から青森(新青森)まで延長されると、八戸-青森間は第三セクターが運営するため、もし大湊線がこのままJR東日本に留まればJR東日本の中で「孤立線」になります。実際どうなるかは今後の地元とJR東日本との話し合いになるでしょうが、政権が代わったことでもあり、新幹線のあり方ごとガラガラポンになる可能性も秘めていると言えるでしょう。
また、かつてはこの線の終点一つ前の下北駅から下北半島を横切り大畑駅まで大畑線がありました。しかし、地方交通線の民営化が進み、この路線は1985年、下北鉄道に引き継がれました。さらに地方交通線切り捨ての波を受け、2001年、この鉄道路線は廃線になりました。
  弘前から奥羽本線、東北本線、大湊線、大畑線経由大畑行き切符。4路線をつなぐ全長155.5kmの旅でした。
 
  大畑線)があった頃の日本地図です。クリックで拡大してみてください。
下北半島では大畑から更に鉄道が西北西へ延びる予定だったようです。黒石線~廃線)もあります。
 
【津軽線】
青森駅から三厨(みんまや)駅まで陸奥湾に沿って津軽半島を北上します。前項の大湊線とは陸奥湾を挟んで対峙します。この鉄道路線は将来、本州と北海道を直接鉄道で結ぶ路線建築を目指して作られました。上の地図では、三厩から海底トンネル計画線となっています。実際にはこの路線の途中にある中小国駅から津軽海峡線が分離し、海峡線となって渡島半島へ上陸しています。 
 
【田沢湖線】
岩手県の県都盛岡(駅)と秋田県大曲(駅)を結ぶ地方交通路線ですが、今やここを走る「秋田新幹線」が主力になっていると言っても過言ではないでしょう。
この路線の特徴は、新幹線を開通させたために線路幅を1,067mm(狭軌)から1,435mm(広軌)に変更されていることです。ただ、他地域の「在来線」に相当する列車の運行が極端に少なく、周辺住民にとっての使い心地がどうなのかには疑問があります。
 
【男鹿線】
秋田市の追分駅から男鹿半島の男鹿駅までの26.6kmを結ぶ路線ですが実際には秋田-男鹿で運転されています。男鹿駅はかつて船川駅と呼ばれ、路線名も船川線でした。今の男鹿線になったのは1968年のことです。
駅間距離の平均が3.3km、最短が天王-船越間の1.7kmです。愛称がなまはげ男鹿ラインというのはなかなかしゃれています。
 
今回の鉄道路線は、どれも春、秋の観光シーズンには特に活躍しています。
広告
Post a comment or leave a trackback: Trackback URL.

コメント

  • ひげじい  On 2009年10月17日 at 07:31

    なごやんさんへ  五能線の懐かしい名前を聞き、ひげじいの昔話のはじまりはじまり。22歳の正月に、女房のご両親に「お嬢さんを私に下さい」と東能代の女房の実家に始めて行ったのですが、革靴、背広姿で(もちろん、それしか無いのだが)駅には先に行っていた彼女と両親が迎えに来ていて、プラットホームに降りた瞬間、ズデンところび、なんだ?と思って立ち上がった瞬間にまたズデン。彼女たちは「大丈夫?」と言いながら大声で笑っていました。

  • なごやん  On 2009年10月17日 at 08:42

    ひげじいさんうっ、ひげじいさんの奥様は能代の方でしたか。なんでひげじいさんに秋田美人がひっつくんですか!? 信じられない(笑)。浜松はめったに雪が降りませんからね。雪上を歩くのは難しかったんでしょうね。骨折されなくてよかったですね。新潟から羽越本線、奥羽本線とつなぎ、東能代へ来ると「おお、もうすぐ青森だ」と思ったものです。まあ、今となっては、まさに昔話ですけど。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。