なごやんの鉄道日記(13)

今回はです。私にとっては親しみのある路線ですが、あまりにも身近過ぎて特別な旅行などで使った記憶がなく、記録も殆どありません。
日本海、きたぐに、雷鳥、サンダーバード、しらさぎ・・・。 そうそう、今や津軽海峡線にパクられてしまった特急「白鳥」もこの路線を走っていました。
まあ、今回もまたチョット古い切符等を並べるに留めます。
 
【北陸本線】
滋賀県米原市の米原駅と新潟県上越市の直江津駅を結んでいます。米原から福井、金沢、富山と北陸3県の県都を通っていて、名古屋から直通で行くとすれば、米原で進方向が反対になります。
この線ができた当時は敦賀から海寄りの杉津を通り今庄へ抜けていましたが、1962年、当時日本最長であった北陸トンネルが開通し、運行が格段に楽になりました。
それまでは海側を通るといっても凹凸の激しい土地で、スイッチバックを繰り返しながら進んでいました。
  北陸トンネル開通記念切手
 
北陸トンネル開通から10年後の1972年、大阪発青森行きの急行「きたぐに」がこのトンネルを通過中、車内で火災が発生し、乗務員は鎮火にあたるため、トンネル内で列車を停めました。これが却って状況を悪化させ、トンネル内で停電した列車は動くことができなくなり、結果として30名が死亡し、700人以上が負傷したのです。
この事件をきっかけにトンネルの防火対策が進み、トンネル内での火災に際して、それまで停車することになっていたのをできるだけトンネルから出るよう改められました。
 
私が近年北陸本線を利用するのは主として北陸の中心都市金沢へ行く時です。
静岡、愛知、岐阜、三重、石川、富山は「東海北陸」などと呼ばれ、新聞、テレビなどでも共通の話題を流したりします。
なぜか福井は近畿地方になっているようです。
 
私の手許に使用済みの切符がありました。どれも改札のハサミが入っていますから、まだ自動改札機のない頃のものです。
 
  学割マークがあります。1月4日からですから正月に使ったのでしょう。しかし、青森でも弘前でも八戸でも五所川原でもなく、川部行きになっている理由はわかりません。何か意図があったと思われますが、何を考えていたのか、全く記憶にございません。川部に親戚や知人がいるわけでもないし・・・
 
  私の社会人としてのスタート地は岐阜県でした。社会人になって2年目、金沢へ出張した時のオーソドックスな切符です。その頃、今で言う「トクトクきっぷ」はなかったと思います。
 
  上の切符で金沢へ行った帰りに使った特急券です。もともと金沢発大阪行きの立ち席特急券(雷鳥~現在JR西日本所有)が名古屋行きのしらさぎ(現在JR東海所有)に代えられているようです。金沢から直接大阪へ行ったことはないので、雷鳥の切符ををしらさぎに代用したのでしょう。まだ国鉄時代の切符ですが、職員の心はもうJR西日本になってしまっていたのでしょうか?
 
最近では北陸へ行く機会が減ってしましまいました。(まあ、出張そのものが減ったんですけどね。)
 
  最も最近行ったのはアルビがJ1に昇格した年のナビスコカップ、G大阪戦で、0-2で負けた試合です。
石川県西部緑地公園陸上競技場で行われたナビスコ杯チケット<A席=ゴール裏>です。
 
次の北陸「旅行」はもうすぐ。10月11日、福井へ行く予定です。
新潟からも沢山行かれますよ。^ ^
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