Monthly Archives: 9月 2009

なごやんの鉄道日記(13)

今回はです。私にとっては親しみのある路線ですが、あまりにも身近過ぎて特別な旅行などで使った記憶がなく、記録も殆どありません。
日本海、きたぐに、雷鳥、サンダーバード、しらさぎ・・・。 そうそう、今や津軽海峡線にパクられてしまった特急「白鳥」もこの路線を走っていました。
まあ、今回もまたチョット古い切符等を並べるに留めます。
 
【北陸本線】
滋賀県米原市の米原駅と新潟県上越市の直江津駅を結んでいます。米原から福井、金沢、富山と北陸3県の県都を通っていて、名古屋から直通で行くとすれば、米原で進方向が反対になります。
この線ができた当時は敦賀から海寄りの杉津を通り今庄へ抜けていましたが、1962年、当時日本最長であった北陸トンネルが開通し、運行が格段に楽になりました。
それまでは海側を通るといっても凹凸の激しい土地で、スイッチバックを繰り返しながら進んでいました。
  北陸トンネル開通記念切手
 
北陸トンネル開通から10年後の1972年、大阪発青森行きの急行「きたぐに」がこのトンネルを通過中、車内で火災が発生し、乗務員は鎮火にあたるため、トンネル内で列車を停めました。これが却って状況を悪化させ、トンネル内で停電した列車は動くことができなくなり、結果として30名が死亡し、700人以上が負傷したのです。
この事件をきっかけにトンネルの防火対策が進み、トンネル内での火災に際して、それまで停車することになっていたのをできるだけトンネルから出るよう改められました。
 
私が近年北陸本線を利用するのは主として北陸の中心都市金沢へ行く時です。
静岡、愛知、岐阜、三重、石川、富山は「東海北陸」などと呼ばれ、新聞、テレビなどでも共通の話題を流したりします。
なぜか福井は近畿地方になっているようです。
 
私の手許に使用済みの切符がありました。どれも改札のハサミが入っていますから、まだ自動改札機のない頃のものです。
 
  学割マークがあります。1月4日からですから正月に使ったのでしょう。しかし、青森でも弘前でも八戸でも五所川原でもなく、川部行きになっている理由はわかりません。何か意図があったと思われますが、何を考えていたのか、全く記憶にございません。川部に親戚や知人がいるわけでもないし・・・
 
  私の社会人としてのスタート地は岐阜県でした。社会人になって2年目、金沢へ出張した時のオーソドックスな切符です。その頃、今で言う「トクトクきっぷ」はなかったと思います。
 
  上の切符で金沢へ行った帰りに使った特急券です。もともと金沢発大阪行きの立ち席特急券(雷鳥~現在JR西日本所有)が名古屋行きのしらさぎ(現在JR東海所有)に代えられているようです。金沢から直接大阪へ行ったことはないので、雷鳥の切符ををしらさぎに代用したのでしょう。まだ国鉄時代の切符ですが、職員の心はもうJR西日本になってしまっていたのでしょうか?
 
最近では北陸へ行く機会が減ってしましまいました。(まあ、出張そのものが減ったんですけどね。)
 
  最も最近行ったのはアルビがJ1に昇格した年のナビスコカップ、G大阪戦で、0-2で負けた試合です。
石川県西部緑地公園陸上競技場で行われたナビスコ杯チケット<A席=ゴール裏>です。
 
次の北陸「旅行」はもうすぐ。10月11日、福井へ行く予定です。
新潟からも沢山行かれますよ。^ ^

アウェー 広島戦

久しぶりにネットではあるがライブで経過を追える状況になった。
スカパー難民としてはJ’s GOALニッカンニフティを見るしかない。
 
今日は三門が先発だ。アルビもプロだなぁ。(笑)
 
さて、19時4分キックオフ。
序盤、動きがないなぁ。
おっ、前半20分(21分? どっちっでもいいや。)
 
  キショ~~~~~~~~!!!!
 
 
さあ、苦手ビッグアーチだが、今日は勝つぞ。油断するな。
 
そんでもって、おっ、2点目は誰だ?
 ジ、ジウトン!!! やるねぇ、ジウトン。らしいねぇ、ジウトン。^ ^
 
 
でも、調子こいて守備忘れちゃダメだよ、ジウトン。
 
さあ、ここでハーフタイム。
リードを守ろう。油断せずにいこう。
 
北方面ではグランパスが完全にカシスタの呪縛から放たれたよ。アルビも春の万博に続いて秋のビッグアーチだな。ただ、2-0は恐いぞ。攻めつつ守らなきゃ。
 
後半開始。
なんだ、広島が急に攻めだしたぞ。集中、集中!
ほらみろ、1点返されたに。
 
どうも、攻められてるなぁ。ちゃんとパスをつなげよ。
 
おお、新潟はエベサン投入だ。
 
さあ、そろそろロスタイムだよ。しっかり守れよ。
 
  
よ~~~~し、勝った
 
現地応援の皆さん、勝ち組でしたね。
お疲れさまでした。

ホーム 大分戦

今日も所用のためネット応援もできなかった。
18時頃、解放され携帯をチェックすると 0-0。
そしてオフィシャルでダイジェスト。
貴章はいいとこまでいったんだけどなぁ。
 
勝てない。
6位から上がれないなぁ。
まあ、0点に抑えたのはいいとするか。
 
次節は広島。しかもアウェー。苦手だけど、ここはなんとかしたいね。
 
応援の皆さんお疲れさまでした。

なごやんの鉄道日記(12)

なごやんの鉄道日記第12回はです。

 
北海道へ行ったことは数回ありますが、江差線海峡線は経験していません。
今回はまた日本チョット昔話です。そして、「懐かしの硬切符」のチョット オンパレードです。
 
函館本線は道南の函館から小樽札幌を経由し、旭川に至る鉄道路線です。函館から長万部までは太平洋側を走り、そこから一挙に内陸そして日本海側の小樽へと通じます。小樽からは札幌へ向かって内陸を進み、北上して滝川を通り旭川へ行きます。その間、大沼間は別の迂回ルートがあり、支線として機能しています。
 
70年代には長万部-小樽間をSLのC62が重連で牽引し、その姿は多くの鉄道ファン、特に撮り鉄の標的になりました。
 
函館市内にある五稜郭駅と江差駅とを結ぶ路線は江差線です。ただ、五稜郭が始発、終着になることはなく、函館がその役割を担っています。
また、五稜郭木古内海峡線の列車も通り、青森から津軽線経由で海峡トンネルを通って函館に至る路線は総じて津軽海峡線と呼ばれます。
本来の海峡線は青森県の中小国駅と木古内駅の間を言い、1988年に開業した比較的新しい鉄道路線です。
 
私が初めて津軽海峡を渡ったのは学生時代でした。一緒に九州一周旅行をした友人とまた一緒でした。
 
もちろん海峡線のない時代ですから、本州から北海道に渡るには青函航路を使うか、空路にするか、青函連絡船以外の海路にするかしかありませんでした。当時、飛行機は庶民の乗り物ではなかったので、通常は青函連絡船でした。( 津軽海峡 景色~
夏休みに入ってすぐの7月20日未明に青函連絡船に乗り、26日に帰る1週間の旅に出たのです。

  今回は函館札幌の道南部分です。

北海道旅行全行程

【函館本線】
7月20日
 青森(0005)~~<青函連絡船>~~(0355)函館(0505)--[急行ニセコ1号]--(0832)小沢—<中央バス>—岩内—<中央バス>—雷電—<中央バス>—岩内(1435)~~<神威航運>~~(1620)川白(泊)
 
青森駅で青函連絡船の下級船室に乗ろうとすると、プラットホームからダッシュです。とにかく早く船室に行き、枕を取り、寝場所を確保しなければなりません。しかし、そこは体力の有り余っている学生です。今よりも健脚の私たちはなんとか場所を確保し、早々に眠りにつきました。起きるともう函館です。
 
函館からは急行ニセコ号に乗り、まずは岩内へ行きました。
本来なら小沢から岩内まで、今は廃線となっている岩内線を使うところなのですが、バスの便の方がよく、バスにしました。
岩内から積丹半島を海路でグルッと回り、川白というところで泊まりました。
 
 2日連続の海路で巡る積丹半島
 
7月21日
 川白(0930)~~<神威航運>~~(1030)余別(1125)—<中央バス>—(?)小樽(1709)--[急行いぶり・らいでん3号]--(1742)札幌(2130)--[狩勝4号]--(車中泊)
 
翌日はいよいよ札幌入りです。船、バスを乗り継ぎ、小樽へ来ました。昼頃に着いた小樽ではぶらぶらし、夕方、急行で札幌へ行きました。
 「自由席」ではなく、「指定席以外の座席」です。さて、これは・・・?。
 
札幌の時計台が思っていたほど立派ではなく、チョットばかりがっかりしました。
札幌から夜行で釧路へ向かいました。広い北海道ですから、少し遠くまで夜行を使えば、それがホテル代わりになります。ここから先の日記「根室本線」の第19回に続きます。
 
【さよならスワロー・エンゼル】
私の2回目の北海道上陸も学生時代でした。
 
学生時代によく出入りをしていた研究室の教授にある日「学会に連れて行ってやるよ。」と言われました。その場所が札幌だったのです。
旅費は教授の研究費の中から出していただきました。ラッキー!
  往きは函館から札幌まで特急でした。
 
北海道からの帰路出くわしたのが、なんと、引退したての急行ニセコ号さよなら切符でした。まるで、私を待っていましたというタイミングでした。私は特にSLニセコ号に乗ったわけではないのですが、札幌で発行された急行券が記念切符だったのです。
  9月15日が最終運行。この切符の購入は9月18日。(9月19日、札幌倶知安で使用か?)
       
鉄道ファン憧れのC62
 
C62(シロニ)と呼ばれるこのSLは日本最大最強のSLと言われ、東海道本線、東京-神戸間の特急「つばめ」を牽引していました。両肩で銀色に輝くツバメ・マークは鉄道ファン憧れの的だったと聞いています。
 倶知安から函館までの急行券
この時の北海道での旅行記録は残っていませんが、記念切符を購入した翌日の日付で倶知安から200kmの急行券がありますので、1日前に2日間有効の記念切符を買っておいて次の日に倶知安まで行き、そこで別の急行に乗り換え函館へ戻ったと思われます。
 
比較的最近(と言っても数年前の話ですが)札幌へ行く機会が2度ほどあったのですが、出張期間が短かったため、残念ながら空路で札幌入りしました。
一昨年も札幌出張の「チャンス」はあったのですが、時間的に空路しかなかったのと、フクアリでの千葉戦と日程がかぶったこともあり、なんやかんやと難癖をつけて札幌出張をキャンセルし、フクアリへ行きました。

アウェー 千葉戦

本来なら11日、東京出張でホテルも予約していた。
一泊し、午後は千葉へ行く予定だった
もちろん、チケットは発売日に既に買ってあった
 
ところが、職場で急用ができ、急遽出張が中止になった。
それどころか、12日に所用ができてしまった。
試合時間にネットも見られない。
 
18時過ぎにようやく携帯でゲキサカを見た。
貴章がゴールし、アルビが勝利した。
 
帰ったら、オフィシャルにもうダイジェストがアップされていた。
貴章のゴールはドンピシャだったが、それ以外は結構攻められていた。
 
まあ、勝ってよかったってことかな。
 
川崎-鹿島はまだ中断しているらしいが、後の試合はどれもアルビにとってはよい結果ではなく、順位は6位に留まったままだ。
 
さて、次はホームだ。もう勝とうよね。
 
応援の皆さん、お疲れさまでした。

なごやんの鉄道日記(11)

鉄道日記、今回はです。もう、このブログ名を旅日記にしてもいいくらいになってしまいました。
あっ、でも次はアウェー千葉戦ですよ、タブン。
 
【信越本線】
信越本線はつい最近まで、そう、長野新幹線ができるまでは高崎から軽井沢、上田、篠ノ井、長野直江津を経由し新潟に至る遠大な路線でした。
しかし、1997年、長野新幹線が開通すると、関東地方と中部地方が分断され、関東地方は高崎-横川間が信越本線として残り、長野県の軽井沢-篠ノ井間は第三セクターの「しなの鉄道」としてJR東日本から分離されました。更に、群馬、長野を結ぶ横川-軽井沢間は鉄道路線そのものがなくなってしまったのです。
しなの鉄道を走る列車の一部は長野まで乗り入れています。
 
私がまだ幼い頃、夏休みに名古屋や岐阜の親戚を訪ねて家族旅行をしました。その時は篠ノ井線のところでも書いたように新潟と名古屋を結ぶ、急行赤倉が走っていて、それに乗りました。信越本線、篠ノ井線、中央本線をつなぐ列車でした。
私が新潟県外へ出たのは、海水浴で行った鼠ヶ関(山形県)を除けば初めてだったと思います。
 
学生時代の夏休み、友達に会いにきた東京から中央本線篠ノ井線信越本線経由で新潟へ行ったことがあります。私には珍しく、記録途切れ途切れなのですが:
 
8月16日
出発はいつものように夜行。もちろん自由席です。                              
 新宿(2330)--[急行 こまがね51号 アルプス54号]--(車内泊)
 
8月17日
早朝、松本へ到着しました。
 --(0500)松本【松本城見学】(0650)—<松本電鉄>—(0730)美鈴湖(1000)–<松本電鉄>—(1040)松本
松本では、定番の松本城へ寄ってきました。そして、松本からは名古屋始発で中央本線(中央西線)を通ってきている急行きそです。
 
松本(1054)--[急行 きそ2号]--(1159)長野(?)----(?)黒姫(?)—<長野電鉄バス>—(?)野尻湖
当時の時刻表が残っていれば(?)の部分が埋まるのですが、3月の引っ越しの時に全部廃棄してしまいました。残念。
長野、黒姫経由で野尻湖へ行きました。
   長野電鉄バスの切符。行先等にポチンと穴をあける。
 
野尻湖では近くにある小林一茶の墓へ寄ってきました。
 
 
そして、伝説の急行、赤倉に乗って直江津宮内新津経由で一路新潟です。
野尻湖(?)–<長野電鉄パス>—(?)黒姫(1245)—<長野電鉄バス>—(1305)黒姫高原(1505)—<長野電鉄バス>—(1530)黒姫(1632)--[急行 赤倉]--(1934)新潟
  黒姫から新潟までの急行券
 
ただ単に東京から新潟へ行くだけなら素直に上越本線を使えばよかったのですが、それが私の私たるところで、敢えてグルリと回ってみたのでした。
 
【妙高高原から名古屋経由大阪行き】
切符コレクションをガサガサいじっていたら、こんな切符が出てきました。
  
私は社会人生活を岐阜県で開始しましたが、冬に友達とスキー旅行に行くことがありました。
この切符は池の平スキー場へ行った時のもので、帰りは妙高高原から信越本線-篠ノ井線-中央本線-東海道本線経由で大阪まで行ったようです。

夕日のぶらんこ

  
タイトル変更
 
なごやんの旅日記にしようかなと思うほど最近はサッカー離れしていますが、アルビは試合ないし、岡田ジャパンとやらには関心がないし、まあ、そうなれば夏の旅しかないな。
ってことで、9月10日まで有効の青春18きっぷネタにしました。
青春18きっぷの季節になると、体がウズウズして仕方ないのです。年か・・・。
 
春の青春18は引っ越しやなんやらで使う機会を逸しましたが、夏は5回(5日)とも使いました。と言っても、なかなか休みがとれなかったため、近場ばかりです。最も遠距離だったのがアウスタへ行った時の清水です。
京都へは2回行きました。2回目は8月下旬、京都-奈良の旅。おお、修学旅行だ。そして、これで今期の青春18きっぷの使いきりです。
 
最初の目的地は京都府京都文化博物館で9月26日まで開かれている藤城清治の世界展です。新潟では一昨年に開催されていますが、愛知では高浜で一度あっただけで、名古屋は飛ばされてしまっています。
80歳を過ぎてなおも情熱的に影絵を作る藤城さんの作品は、ケロヨンに限らず、特に美しい女性の姿にいつも見とれてしまいます。
  京都文化博物館
 
私は開館時刻である10時に入ったのですが、4階の作品を見るのでも長時間かかり、3階会場へ行ったのは12時頃でした。
 
3階へ来て、ビデオコーナーの後を振り返った時、はっとする絵に目が留まりました。なんか懐かしい感じが漂い、そしてホッとします。近づいてみると「夕日のぶらんこ」というタイトルでした。
2002年の作品で、米山インターを降り、寺泊付近で見た光景だそうです。
ブリタニカ百科事典には「日本海に沈む夕日が世界で一番美しい」と書いてあるそうです。(未確認)
ミュージアム・ショップで、思わず絵はがきを買ってしまいました。
  もちろん原作に赤いラインは入っていません。
 夕日のぶらんこ
 
13時過ぎにはお腹が空いて仕方がなかったので、一時会場を出て、1階の飲食店街へ行きました。1日20食限定「ゆばカレーセット」というのがあったので、もう売り切れかなと思いつつ注文すると・・・ありました!(そうか、イマイチ人気なのか。)
 
結局京都駅へ戻り奈良へ向かったのが15時49分、JR奈良線の快速ででした。
奈良着が16時33分。もうどこの観光地も閉まる時刻に近づいています。それでも諦めない私は500円で奈良交通の1Dayフリー乗車券を買い、バスに乗りました。雨がパラパラ、そして時折強く降ってきました。
県庁前で下車し、興福寺へ行くと、ナンと、この時期は夜間拝観というのをやっていました。
あちこちを闊歩する鹿の間を縫って「拝観」し、その後もバスを使い市内をぶらぶらしてきました。
もっと早い時間帯なら関西本線、あるいは草津線を使って帰るところですが、それは諦め、奈良駅前で食事をして19時33分の奈良線(正確には奈良-木津間は関西本線)で京都へ戻り、帰宅したのは23時でした。
 
この次の青春18きっぷ発売は年末年始です。さあ、どうしましょう。

なごやんの鉄道日記(10)

第10回は  です。
 
四国も私には縁遠いところで、これまで多分3回くらいは言っています。
いずれも瀬戸大橋ができてからのことで、茶屋町-宇多津の本四備讃線を通っています。
 
【予讃線】 【予土線】 【内子線】 【本四備讃線】
 
不思議と、四国へ行った時の記録が殆ど残っていません。理由はわかりません。
ですから、日記も書けません。
上の地図でごまかします。
第11回は信越本線です。これはなんとかなりそうなので頑張ります。