なごやんの鉄道日記(05)

今日、職場でたまたま国分寺から来た女子学生に会いました。
 
私:おお、国分寺、中央線だね。本当は中央本線っていうんだよね。
彼女:はい、そうです。
私:中央本線て東京からどこまでだと思う?
彼女:・・・
私:名古屋までだよ。
彼女:えーっ、そうなんですか!?
私:東京からだと岡谷、塩尻から松本へ行ってるよね。あずさとか。
彼女:はい、知ってます。
私:でも塩尻からは篠ノ井線なんだよ。名古屋からも塩尻経由で松本へ行っているの、しなのがね。東京から塩尻を経由して名古屋へつながる線。それが中央本線なの。
彼女:ニコッ(わかってるんかなぁ?)
 
鉄道日記第5回は東京と名古屋を結ぶ中央本線です。東京から名古屋へ来るのにこの線を使う人は極めて希でしょうけどね、今では。
以前は東京から名古屋へ向かう方向を下り、名古屋から東京へ向かう方を上りと呼んでいました。ですから、名古屋から中津川、木曽福島を経て塩尻への方向が上りでした。
国鉄がJRに分割された今は、名古屋へ向かう方向を上りと言っています。
 
 
今回は古い国鉄切符のオンパレードです。(まあ大したことはありませんけど。)
 
関東地方、特に東京の人たちにとっては中央本線というより中央線という呼び方が親しめるかもしれません。しかし、JRとしての正式な呼び名は中央本線です。
この線は東京を起点に、新宿を通り長野県の塩尻そして岐阜県を通って名古屋に連なります。約400kmあります。塩尻を境に東は中央東線、西は中央西線とも言われます。
東京から新宿へ行く時の東京-神田間は山手線と共有しています。一方、名古屋市内の金山-名古屋間は東海道線と平行しますが、全くの別路線で、2線が交りあうことはありません。
また、岡谷-塩尻間は辰野を通る経路とみどり湖を通る経路の2つがあります。
 
中央本線の特急「あずさ」は1970年代、全国に名を馳せました。狩人の歌った「あずさ2号」がヒットしたのです。
 あした私は旅に出ます
   あなたの知らない人と2人で・・・
   ・・・
   8時ちょうどのあずさ2号で
   私は 私は あなたから旅立ちます。
 
この当時、下り列車に偶数番号、上り列車に奇数番号がついていました。ですから、あずさ2号は東京発8時の列車でした。塩尻から篠ノ井線に入り、松本に到着するのは11時46分。3時間46分の旅でした。
現在は上りに偶数番号、下りに奇数番号がついていますので、あずさ2号は松本発東京行きです。
現在東京発8時の松本行き特急はスーパーあずさ5号で、松本着が10時37分。なんと1時間9分の短縮です。
 
さて、今から半世紀前、中央本線は都内でもやはり中央本線でした。
今なら東京から新宿へ行くのも、国分寺へ行くのも、SUICAPASMOを使い、切符を買うことなど滅多にないのでしょうが、以前は図入りの切符がちゃんとありました。
   10円でこんなに行けたんですね。
1958~1959年の乗車券。幼少時、世田谷に住む従兄からもらった貴重な(笑)まだ見ぬ東京の切符です。
 
 新宿東京は、地方に住む私にとっては遠い世界だったのです。(ただし、憧れはありませんでした。)
  2等車は3等車と違い、20%の付加価値税上乗せがありました。
 東京-新宿なんて駅名入りの堂々としたものです。
 
信濃町から中央本線を通り新宿から京王帝都電鉄千歳烏山行きなんてのもあったり。
   見にくいですが、これも国鉄の切符です。
 
一方、中央西線を快速あるいは普通列車で名古屋から下り方向へ進み、都心、郊外を抜けると定光寺古虎渓といったちょっとした渓谷に入ります。そして内津峠のトンネルを抜けると、東濃地方の中心地、多治見の市街地が眼下に広がります。さらに北東へ行くと化石の宝庫瑞浪釜戸を抜け、中津川を越したころから「木曽」のニオイが漂ってきます。馬籠妻籠の宿場をぶらぶらしようという乗客はここ中津川や次の坂下で下車します。
そこからは、まさに信濃の国、中央西線は塩尻からは東京からの中央東線同様、篠ノ井線経由で松本へと入っていきます。
特急「しなの」に乗ると、木曽川沿いの「寝覚めの床」付近でアナウンスが入ります。うらしま伝説の紹介です。
 
この路線は私が若い時代、野沢温泉などへのスキー旅行、松本近辺の昆虫採集などによく利用しました。
そんな時、当時走っていた寝台急行の「きそ」をよく使いました。
  寝台急行「きそ」の急行券・寝台券。
 1月14日というのですから、野沢温泉かどこかへスキーに行く時に使ったと思います。
 
最近では青春18きっぷを使い、松本から大糸線に入って、安曇野をぶらぶらします。今年は行けるかどうかわかりません。
 
さて、一時期岐阜県多治見市に住んでいた私は度々中央本線で名古屋へ出ましたが、ある時、「さよなら80系」の記念切符の発行に出くわしました。
この電車はかつて「湘南電車」と呼ばれたものでなんとなくこぢんまりした雰囲気がありました。
  さよなら80記念きっぷ
 
 2つ折りになっていて、開くと座席図が描いてあります。
 
80系は普通電車として名古屋近郊を走っていました。
 
この近辺の中央本線の切符の変遷も載せてみようかなとも思ったのですが、整理がめんどうですのでやめました。
代わりにこんな券をアップしておきます。 
  乗り越した時、精算窓口でもらう精算済券 これで改札を通ります。
 本当は改札係に手渡してくるんですけどね。「リユース券」だし。どうしてこういう券を持っているのか不思議ですね。^ ^
 
私にとって、中央本線は今でも新幹線を含む東海道・山陽本線山手線に次いで利用頻度の高い路線だと思います。
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コメント

  • Takako  On 2009年7月29日 at 23:55

    いつの間に鉄道日記になったのー?!と思ったら、なごやんさんのブログタイトルは、そもそも「なごやん」なのですね。「なごやんのアルビ日記」とかじゃなかったんですね。初めて気付きました。。

  • なごやん  On 2009年7月30日 at 07:24

    Takakoさんはぁ、これは決して「アルビonly日記」ではありません。私がテーマ毎にブログを作るとおびただしい数になってしまう危険性がありますので、いくつかのカテを一緒にしました。まあ、強いて言えば「なごやんのタメ口日記」でしょうかね。そのうちに「なごやんのトリビア日記」とか、「なごやんの日本昔話」など独立させてもいいかな、なんて思ったりして。^ ^

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